ヒューマンエラー|建設安全の実践

ヒューマンエラーについて科学する(心理学から)

ヒューマンエラーについては、あちらこちらで取り上げられる題目になりますが、ここでは深く掘り込みたいと考えています。
心理学の観点からヒューマンエラーについて見てみましょう。

ヒューマンエラーとは

定義付けは難しいと言われていますが、ヒューマンエラーの第一人者であるReason.Jは『事前計画に基づく一連の精神的あるいは身体的活動が、意図した結果を得られない状態の総称』と定義しています。
一般的には『システムの許容範囲を逸脱する判断や行為』をヒューマンエラーと総称していることが多いです。
要するに、人間の行動がある期待された範囲から逸脱したことであり、この行動には、必要な行動をしないエラーとやるべき行為と違う行為を行ったエラーがあるのです。

ヒューマンエラーは人間である限り誰もが起こしえる

ヒューマンエラーについて未だに、“不注意だったから”“意識が低いから”と考える人が後を絶たない現状があります。このような考えでは、原因は個人に偏り、エラー対策をシステムで考えることが出来なくなります。自治医大の河野龍太郎先生は、ヒューマンエラーの見方・考え方を変えることから始めるとし

①エラーは不注意で起こるのではなく、一生懸命にやっていても起こる
②エラー対策は科学に基づいたシステムで考えることが重要
③ヒューマンファクター工学の考え方が重要

と言われています。

ヒューマンエラーは原因でなく結果

事故が起こった場合、特に死亡事故では当事者が死亡しなぜそのようなことになったのか、原因探求が難しく、後知恵バイアスが働き、当事者のヒューマンエラーとされる場合が多いです。このように、ヒューマンエラーを原因とした場合、それ以上の探究をすることが無くなります。ヒューマンエラーは原因でなく結果であるという考え方に立ち、ヒューマンエラーが発生した原因を探求することが再発防止には必要になります。
原因として、再発防止策を検討した場合、ヒューマンエラーの発生要因(本当の原因)への対策がなされていないため、同じような状態が発生した場合、また事故が発生する可能性が残ります。竹やり精神論ではヒューマンエラーは無くなりません。科学的に人間を分析しシステムで対応することが重要です。

ヒューマンエラーは原因ではない。科学的な分析が必要である。

ヒューマンエラーと行動モデル

Lewin,K.(クルト・レビン)行動モデル

クルト・レビンはドイツ生まれ心理学者で、社会心理学の父と呼ばれています。レビンの行動モデルは、人間の行動は人と環境との関数関係によって決まるとし、次式で表しました。
B=f(P,E)  B:行動(Behavior) P:人(Parson) E:環境(Environment)このモデルの重要な点は、人間の行動を決めるには二つの変数があるということ、人間の特性と人間を取り巻く環境です。

ヒューマンファクター工学(SHELモデル、M-SHELモデル)

ヒューマンファクター工学は、事故の解析から生まれたもので、M-SHELモデルなどが代表的な考えになります。ここでは、人間の行動は、人自身の特性、取り囲むハードウェア、ソフトウェア、環境、人間関係、マネジメントの相互作用から決まると説明されています。

Lewin,K.(クルト・レビン)行動モデル

モデル共通点

この二つのモデルは別々に考えられたものであるが、行動モデルの環境を広くとらえると、全く同じ考え方になります。人間の行動は環境抜きには考えられないこととなります。
人間の行動を理解するうえで、生理的・心理的状態だけでなく、人の置かれた環境をスナップショットのように静止でなく時間の流れを考慮した相互作用として理解しなければなりません。
特に人が最終的判断を決定する場合、当事者が何をどのように理解していたかが分からなければ、何故そのような選択をしたのかは理解できません。

事実研究

熟練技能者である鳶工がフルハーネス安全帯を着用していたが使用しない状態での墜落事故について

フルハーネス安全帯を着用していたが使用しない状態での墜落事故イラスト

旧来の考え方

この事故では、墜落した当事者である鳶工が亡くなったため、彼がどうして安全帯を掛けていなかったかが分からないまま、安全帯の使用を怠ったヒューマンエラーとして片付けられました。多くの事故でこのような考え方で終わってしまい、ヒューマンエラーが原因となってしまいます。

新しい考え方

亡くなった方から、何故、安全帯を掛けなかったことを質問することは出来ません。しかし、その時点だけでなくそれまでの時間経過を遡り、彼だけでなく周りの作業員の行動、上司の行動、現場の設備変化などを含めた原因究明が必要になります。

ヒューマンエラーを原因としてしまうと、また、同じような環境では事故が再発する可能性があります。このような考え方は、医療現場では実際に行われ、ImSAFERと言われる手法でインシデント・アクシデントに対しての分析が行われています。今回のヒューマンエラーのどこかでImSAFERについて詳しく教える機会を設けたいと思います。

ヒューマンエラーの分類

ヒューマンエラーの分類方法について、発生原因による分類、発生要因による分類と色々な分類方法があります。J.Reasonのエラー分類を上げます。

ヒューマンエラーの分類

よく使う分類が、点線で囲われている基本的タイプになります。意図しない行為(意識していない)の中にスリップ(注意不足・注意過剰)、ラプス(記憶違い・思い込み)が分類され、意図的行為(意識して行う)にミステイク(計画段階でのエラー)があり、そのミステイクもルール(規律、約束)ベース、そして知識ベースに分割されます。意図的行為には、違法性を認識しつつ行う、バイオレーションとサボタージュが含まれてきます。この分類について詳細に解説します。

1.バイオレーション

違法性を認識しつつ行う不安全行動がバイオレーションです。そんなことやっていないとみんなが思っていることでしょう。しかし、多くの方が車を運転する際に何気なく行っていることになります。お判りでしょうか?スピード違反です。
40km規制の道路が空いている状況で40kmで走行しますか?ついつい60km近くスピードを上げて走っていませんか?その時あなたはバイオレーションを引き起こしているのです。

バイオレーションイメージバイオレーションイメージ

見通しの良い交差点。一旦停止の看板があります。ちゃんと一旦停止していますか。一旦停止はタイヤが止まることを言います。スピードを落としているだけではダメです。タイヤが止まってこそ一旦停止です。一旦停止を守らないこともバイオレーションに当たります。
スピード違反も一旦停止無視もやってしまいがちなバイオレーションです。

2.サボタージュ

さぼるはこのサボタージュから来ています。
労働者の争議戦術の一つ。就業しながら意識的に仕事を停滞させ、能率を落として企業者に損失を与え紛争の解決をうながすこと。怠業(たいぎょう)。サボ。
近頃は、サボタージュ事態を聞かなくなりました。今のJRが日本国有鉄道(国鉄)と言われた時代には労働争議が多発し、ストライキ、サボタージュは頻繁に行われていました。

3.スリップ(Slip)

実行しようとする判断は正しいが、異なった行為を実行。認知・判断が正しくても、誤った行動を取ってしまう場合です。その中でスリップとは、Aをしようと思っていたのに、Bをしてしまうことです。

スリップの例
  • 一日中会社で多数の電話を受けていると、家でもつい「はい、○×商事です。」と名乗ってしまう。
  • A,Bの二つのボタンがあり、Aボタンを押すはずが、Bボタンを押してしまう。
  • 前から歩いてきたのは、横山さんなのに、『前川さん』と言ってしまう。
  • コンビニで支払いは500円なのに50円硬貨を出してしまう。
  • 3番目だと思っていて、4番目のボタンを押して、実際は3番目のボタンを押さなければならなかった。

4.ラプス(Lapse)

実行段階での”抜け”の失敗によるエラー。手順忘れや気の焦り。計画自体は正しかったのに、実行の段階で”抜け”が出てしまって失敗してしまったもの。

ラプスの例
  • 3番目だと思って、3番目のボタンを押したが、実際は4番目のボタンを押さなければならなかった。
  • 外出する際、家の鍵を掛けたと思っていたが、帰ってみると鍵がかかっていなかった。

5.ミステイク(Mistake)

計画段階の失敗によるエラー。前提の考え違いや知識・経験不足。正しく実行はできていたが計画自体が間違っていたもの。
ルールベース及びナレッジベースでの「問題解決の失敗」であり、ベテランでも起こしてしまう可能性が大いにあります。

ミステイクの例
  • 下り線の橋脚を作るはずが、上り線の橋脚を作ってしまった。
    ※嘘のような話ですが、実際に経験した話です。基礎杭まで施工されました。