レジリエンス|建設安全の実践

レジリエンスとは

レジリエンスは復元力・回復力・しなやかさと呼ばれ、困難な状況に直面した時に、一時落ち込んでもまた元の状態に回復する力、その回復するプロセスと言われています。レジリエンスという考え方が注目される以前は、困難状況に置かれても折れない強い心が求められていましたが、どんな太い枝でも強風ではポキッと折れてしまいます。そこで竹のように風を受け止め、しなやかにいなす柔軟さを持つことが重要であるという考え方が最先端の考え方です。
ここでは、レジリエンスと合わせて、その実行に欠かせないSafetyⅡという考え方もご紹介します。

レジリエンスを例えると

レジリエンスを例える時、よく話されるのが車での旅行です。
旅行に行く前の計画では、車を整備したり、走る道を計画するなど準備を行います。しかし、季節外れの雪に遭いチェーンを付ける、道を間違え後戻り、遅れを取り戻すためにスピードを出しすぎ違反切符を切られる…。こうした様々な事柄に対してうまく対応できれば、目的地へ大過なく到着できますが、うまく対応できなければ、目的地到着がおぼつかなくなってしまいます。こうした対応能力があればこそです。
このことをエリック・ホルナゲルはレジリエンスと言っています。

タイヤチェーンの装着イメージタイヤチェーンの装着イメージ

レジリエンスの具体的事例

レジリエンス・エンジニアリング(2012 Erick Hollnagel)の監訳者北村正晴氏が前書きで書かれていた、東日本大震災での石巻赤十字病院の活動がレジリエンスの具体的事例になります。

石巻赤十字病院は、震災で停電、断水、ガスの供給も途絶えました。しかし、自家発電により電源は復旧し、直ちに訓練通り日常業務を中止、トリアージ体制を確立し、地震被災による症候群を想定して準備に取り掛かかりました。そして、1日後には津波被災による低体温症対応に体制を切り替え、その後次々と到着する災害派遣医療チーム(DMAT)との役割分担も弾力的に実施しました。時間経過につれて搬送される患者数が増え、医薬品不足、水不足、食料不足も深刻化しましたが、自主規制、外部との連携を通じて医療活動を継続することができました。
3月17日(震災から6日後)には周辺に点在する避難所300カ所にスタッフを送り出し、情報取集に努め能動的な活動を行いました。その結果医療以前に食料事情や衛生環境が劣悪である実態を確認し、行政機関と交渉・対応策を要請するなど医療機関を越えた活動を展開しました。
ここまでの流れから、「環境の動的変化」「変化に適応した動作の継続」「破局状態の回避」「活動目的の適応的・能動的修正」そして定常状態への復帰にいたるプロセスを進みました。

このようなダイナミックなプロセスこそがレジリエンスの具体例になります。
同じ東日本大震災での福島第一原子力発電所事故は、残念ながらレジリエント性を適切に発揮できなかった事例になります。

レジリエンス4つの要素

レジリエンスは脅威に対して負けない防護を講じるのではなく、来る脅威に対して上手く対応しシステムの安定を保つことです。脅威に“気づき”それを“声に出し”そして“対応する”いわば『現場力』と言えるものです。

建設現場では、遭遇する問題(脅威)に対してその場で迅速に対応できなければ工事は進まず、事故を招きます。
このレジリエンスの生みの親であるホルナゲル(E.Hollnagel)は次のように定義しています。

「システムが想定された条件や想定外の条件の下で要求された動作を継続できるため、自分自身の機能を、条件変化や外乱の発生前、発生中、あるいは発生後において調整できる本質的な能力のこと」

レジリエンス4つの要素(2011 Hollnagel)
要素 内容
学習 すでに起こった事実を処理する能力、過去の失敗や成功の双方を含む事例の経験から適切な教訓を導き出す、学習する能力。
監視 外部環境とシステム内部の双方について、直近の脅威またはその兆候を見逃さない、変動の出現を監視する能力。
予見 将来の可能性に対処する能力。今後生じうる変化、混乱、圧力、その結果がもたらす事態の進展、脅威、好機を予測する能力。
対応 現在直面している状況を処理する能力。事前に用意した方法、またはそれらを適切に調整して、混乱や外乱に対処する能力。

レジリエンスの4つの要素のうち、予見・対応について感じたことを徒然なく書きます。建設とは無関係ですがこのような事だと感じてください。

冬になると冬衣装(コートに手袋、マフラー等)で防寒対策します。そして、あまり天候に関わらずその衣装を変えない人が多いようです。私の場合、暑がりなので厳冬期でもあまりコートを着ません。電車の暖房で暑くなり汗をかくことがあるから、マフラー程度で済ませます。

冬の服装イメージ冬の服装イメージ

今朝は、気圧の谷の通過で関西は朝から大荒れの天気でした。南から暖かい空気が入ってきたため、気温は10度を超えていたので、マフラーは不要と考えました⇐【予見】。
そして帰りの時間帯(19:00)を考え手袋をカバンにいれ⇐【対応】家を出ました。
電車の中で、私の前に立った人を見てびっくり、背広とコート(厚手)を脱ぎ汗だくでハンカチで汗をぬぐっています。レジリエンス=復元力=柔軟な対応です。「えっ!そんなこと?」と思われるかもしれませんが、企業(組織)は個人の集合体です。個人のレジリエンス能力がひいては組織のレジリエンスにつながります。

朝起きた時点での気温を肌で感じ取り、テレビニュースでの天気予報を見て、予見する。自分の予見に対しての対応を考え実施する。普段の何がない生活にもレジリエンス能力を鍛える場面があります。
レジリエンスは安全だけとは限らない考え方になるので、皆さんもこれってレジリエンスと感じることがあちらこちらにあるかもしれません。

SafetyⅡという考え方

レジリエンスの実行に欠かせないのが、このSafetyⅡという考え方です。レジリエンスポテンシャルを強化すると言われています。まずはSafetyⅠについて、簡単な言葉で説明します。「事故が起きないようにする安全活動」それがSafetyⅠで、「事故が起きてない状態を継続する安全活動」がSafetyⅡです。「えっ!同じなのでは?」と感じる方もおられるのではないでしょうか?

SafetyⅡは「物事はどのようにすれば上手くいくか」を考えます。建設業で考えると、SafetyⅠという安全は、現在すべての現場で進められている安全活動です。日本の安全活動は「後出しじゃんけん」墜落事故が多いから、足場の法規が厳しくなり、フルハーネス安全帯へと変化しました。化学物質も同じく、大きな災害が発生してからお上が動きそれに合わせるという、起きた事故に対して対策を行うのです。

建設業では、事故での死亡者数は300人前後まで減少しましたが、死傷災害は微増傾向となっています。安衛法の改訂、リスクアセスメントの導入と色々な方法で事故は減少しました。そしてこれから先は、事故が発生しない状態を保つにはどのようにすればよいのかを考えるSafetyⅡの時代への幕が開きつつあります。

では、SafetyⅡを進めるにはどうすればよいのか。
今までの考え方をどのように変えなければいけないのか、SafetyⅡを詳細に紹介いたします。SafetyⅡはレジリエンスポテンシャルを高めることにあると言われています。そのポテンシャルとは、対処,監視,学習,予見の仕方にあります。
興味のある方はアプリシエイティブ・インクワィアリーについて調べてみてください。

SafetyⅡで朝礼を考える

安全は、事故が発生しないようにする「SafetyⅠ」と安全な作業を行う「SafetyⅡ」があります。(これは私の個人的なとらえ方です)捉え方の違いで大きく異なります。朝の朝礼を例にして考えましょう。
SafetyⅡは災害・事故が発生しない、うまくいった事例は何かを洗い出しそれに力を注ぐという考え方です。建設現場における朝礼(ここでは安全朝礼)には、盛りだくさんの要素が含まれています。

建設現場における朝礼(安全朝礼)
  • ラジオ体操 → 体をほぐすストレッチ効果
  • 作業指示 → 自分の作業のみならず、他工種の作業内容が分かる
  • 現場指示 → 本日の重要事項の説明がある
  • 危険予知 → 自分たちの作業での危険なポイントを洗い出す

普段何気なく聞いていることが多くありませんか?
朝一番の安全朝礼こそ、SafetyⅡの要素がてんこ盛りです。ここでの取り組み方一つで安全に品質に工程に現場のすべてに貢献します。建設現場で災害・事故が発生しないポイント1が朝礼です。その朝礼を本来の姿(現状は50%程度かな)にすることは大変効果があると考えます。
では、一つずつ見ていきましょう。

建設現場イメージ建設現場イメージ

1.ラジオ体操

日本のラジオ体操の元はアメリカから来ています。ラジオ体操1を朝礼時に行います。ラジオ体操1は準備体操と呼ばれラジオ体操2が整理体操と呼ばれています。これから作業に入る前に体全身をほぐし、危険から身を護る体操と言えるのです。この体操をシッカリと行うことが出来ていない作業員の多い事、多い事。皆さんの会社の職員はどうですか?出来ていますか?小学校から高校まで、日本人ならみんなが知っている体操です。指先までしっかり伸ばした体操を行ってください。ラジオ体操の意義を知って行ってください。

2.作業指示

所属会社毎に整列し、安全衛生責任者(職長)が本日行う作業内容と安全指示事項を発表します。作業内容・安全指示内容は前日の作業打合せでの決定事項です。作業員は自分で行う作業は理解しており、また、危険予知の場で作業内容の確認を行うため、真剣に聞くことが無いのではと思います。この作業指示の重要な点は、所属会社以外の作業がどのようなことをしているかにあります。作業指示のSafetyⅡは、他工種との取り合い部分について場所、時間帯、責任者を発表することです。他工種との兼ね合いがない場合は必要ありません。そして、作業員に対して確認の意味を含めて尋ねることです。ここに緊張感が生まれます。答えられた時には、褒めることも大切です。答えられない場合には、作業調整の重要なこと、調整がなければ事故の原因になることをその場で教育することです。

橋梁現場では、架設班と足場班、床板班の型枠班と鉄筋班があった場合
架設班「P4~P5間のベント6の組み立て作業、クレーン作業のため立入禁止を行う」
足場班「P2~P3間の吊り足場、中段足場組立、安全帯使用で作業を行う」
型枠班「P1~P2間ヤードで型枠加工、加工架台を使用する」
鉄筋班「P1~P2間ヤードで鉄筋の加工、クレーン作業時は立入禁止を行う」

このような、作業指示がありますが・・・足場班の資材を荷揚げした個所が一部P1~P2間に残ってあり、資材運搬時にクランプを落とし、下で作業していた型枠班作業員に当たる危険性があります。
前日作業打ち合わせ時に、P1~P2間の資材は朝9時までに移動します。その間は立ち入らないように願います。この内容を作業指示時に行い、ヤードには上部作業中の看板を掲示する。
これがSafetyⅡです。

3.現場指示

元請職員が朝礼の司会を行い、司会者がそのまま指示を話し主任に話を振り、主任から所長へと話が振られ、それぞれが1個話しても3個に、2個ならば6個に覚えられるはずありませんよね。指示は2個まで、大切な話のみ、それ以外は、現場掲示板に記載します。
作業員全員に伝えなければいけない事を絞って話すことが大切です。しゃべればよいと言うものではありません。

人は記憶するためには、短期記憶から長期記憶へ移すために繰り返すことが必要になります。頭の中でリハーサルを繰り返してやっと覚えた、呼び起こすことが出来るようになります。あれも、これも、それも、どれもと言われたら覚えられません。でも・・・安全の注意事項、資材搬入の注意事項、品質の注意事項、など多岐にわたってその日は集中!!なんて日もありますよね。
ではどうするか。ここで、SafetyⅡです。

安全な作業を継続するためには、各個人が守らなければいけない事があり、それらは個人で覚える必要があります。しかしその作業日におけるものならば、職長NO.2(次期職長)の人が資材担当、NO.3が品質担当と作業員に担当を決め、その時間になると、作業員に声掛けを行います。そして、職長は担当者がキッチリと自分の職務が出来ていれば「褒め」てあげます。こうして作業員教育にもつなげられます。
『11時だ、元請の店社パトロールの時間です』『再度、保護具の確認をするぞ』このように、作業員に声掛けが出来れば最高です。SafetyⅡは難しくありません。今、行っている安全について、意義を理解し真摯に取り組むことです。

4.危険予知KY活動

危険予知活動、具体性に欠ける・マンネリと良く指導しています。設備面が充実している現場では、もはや作業員の行動面しか取り上げられなくなっています。同じような作業を繰り返しているときにはそうならざるおえないと感じる時もしばしばです。KY活動は1973年住友金属工業(株)から始まった現場安全活動の取り組みです。50年近い歴史があります。危険予知という考え方自体がSafetyⅠの考え方になります。安全を語るうえで、SafetyⅠとSafetyⅡは共存すべきものであり、レジリエンスポテンシャルを上げるためには、SafetyⅡは欠かせませんが、取り入れている事業所はまだ皆無だと思います。

SafetyⅡ安全作業を継続して行うためには・・・・安全作業のための準備PSW(Preparing for Safe Work)が重要です。
危険予知では、作業のなかにある危険なポイントを探して、どのような時に事故・災害が起きるか、起きた場合はどうなるかを話し合います。危険を予知しそれを回避するためにはどうするかを作業員全員で共有する。それが危険予知になります。

安全作業準備では、SafetyⅡの考え方に則り、当日の作業内容を如何にして安全に効率よく行うか、そして作業中に発生する問題点は無いかを話し合うことで作業の手順の再確認、人員配置の確認などを行うことで、作業員の作業に対するイメージ作り、作業に入る前の心構えとなります。安全に作業を行うために行う事も含まれてきます。