ヒューマンエラーと心理的空間と物理的空間
心理的空間と物理的空間
心理学者カフカは、環境には行動に影響を与えるものと、そうでないものがあるとの観点から、心理的環境と物理的環境という二つの環境に区別した。
上の絵を見ていただきたい。階段を歩いている人が階段が濡れていたために滑った絵です。階段の途中が濡れているとは考えないで普通に歩いていたために気付かないで滑ってしまいました。これがヒューマンエラーになります。
この人の頭の中で描いた空間は、この階段に危険がないと判断しています。しかし、物理的には、途中に薄氷が張っていたのです。
誤った心理的空間に基づいての判断
上の図は人間の情報処理モデルをしています。人は外界からの刺激を感覚器官で感知しそれが何であるかを記憶と比較します。そして追加の観察を行ったり情報を収集し、認知します。構築した心理的空間の中で予測、検討、評価を行い行動として現れます。自動車の運転ではこのような働きを即座に実行しているのです。
物理的空間を人間は知覚・認知して、頭の中に心理的空間を形成します。このような物理的空間から心理的空間へと理解することをマッピングと言い、人はマッピングされた空間を元に行動を行います。物理的空間と心理的空間とが上手くマッピングされていない時にヒューマンエラーが発生します。
人間は心理的空間に基づいて行動を決定します。その心理的空間を誤って判断することで、物理的空間と合わずヒューマンエラーは発生します。
状況認識モデル
マッピングの失敗(心理的空間≠物理的空間)はどのようにして起こるのか、人間の情報処理モデルの内、「知覚での失敗」「認知での失敗」「意思決定段階での失敗」「運動制御での失敗」と、その発生段階ごとに問題は隠されています。
この項目では人はどのようにして状況を認識するかを、状況認識モデルから説明します。
Endsley,M,Rは状況認識の内部を3段階の詳細なモデルを提案しています。
情報認識の過程を3段階に分割し、
①現状から認識すべき対象を知覚する
②作業の状況と照らし合わせる
③近い将来の状況を予測する
という3段階プロセスを提案した。時間軸である将来の予想が重要な要素となっている。人は知覚した情報を現状に合わせるとともに、将来の状態を予測し意思決定を行っています。運転中ならば即刻の判断もあれば、行き先表示を確認し、今のスピードでは何分くらいに着くなど判断するということです。
この状況認識では、現状を知覚確認し、将来予測を行いその予測をフィードバックし再度、現状知覚との照合を繰り返し検討すると言われています。ここで、環境から在られる情報が正しくなければ、いくら優秀な人間でも正しい判断が出来ません。
状況認識モデルからは、ヒューマンエラーは環境状況での間違い、知覚段階、現状とのマッピング、将来予測、意思決定、行動の各段階で起こり得るということになります。どうでしょうか、一つヒューマンエラーと言っても多くの原因が考えられます。人間の情報処理システムがどのようになっているかを知ることで、その解決策は多岐にわたります。
ヒューマンエラーの新しい見方
ヒューマンエラーは原因でなく、問題の兆候
シドニー・デッカーの著書「ヒューマンエラーを理解する」から、新しいヒューマンエラーの考え方について学んでいきます。新しい考え方ということは、古い考え方があります。『ヒューマンエラーは原因である』という考え方です。
1.エラーの起源は個人の問題でなく構造的に存在する
- ヒューマンエラーは失敗の原因でなく、むしろより深いところにある問題の産物であり、問題の兆候。
- ヒューマンエラーはランダムに発生するものでなく、使用した道具、作業内容、作業環境の特徴との規則的なつながりを持っている。
- ヒューマンエラーは原因調査の結論ではなく、調査の開始点である。
人はエラーをする存在です。現在AI、自動運転など、人にゆだねることを避ける方向に進んでいます。
しかしヒューマンエラーの新しい見方では
ヒューマンエラーの新しい見方
- 人間は安全を作り出す上で不可欠な存在です。人間は、実際の業務環境の中で安全と圧力との折り合いをつけることが出来る唯一の生き物です。
※自動車の運転を例に考えます。自動運転では80km/h規制の高速道路を運転していて、時間が無く急がなければいけない場合、人は安全を少しトレードオフにかけ90km/hで走る事を選択し折り合いをつけることが出来ます。しかし自動運転では違反運転は行いません。 - 安全と他の目標とのトレードオフの判断を、状況が不確実な中で実施しなければならないこともあります。安全以外の目標は測りやすいです。しかしながら人々がそれらの目標を果すためにどの程度安全を犠牲にしているかを測るのはとても難しいことです。
※作業中、人は数多くの判断や考慮を、意識的か否かを問わず、安全と他の目的とのトレードオフが入り込んでる中で作業を進めています。 - ヒューマンエラーは思いがけなく訪れるものではありません。ヒューマンエラーは、人間の得意分野です。つまり判然としない裏付けと見通しにくい先行きの中で複数の目標を上手にこなす能力の裏返しであり、コインの裏側のようなものです。
システムは本質的に安全なものではない。システムの多くの目標と折り合いを付けながら人間が安全を作り出す。
ヒューマンエラーを引き起こすのが人間ならば、そのヒューマンエラーを防ぐのも人間です。安全は人間のためにあり、安全を作るのも人間です。
調査の知見
1.エラーの起源は個人の問題でなく構造的に存在する
ヒューマンエラーについて理解するためには、人々の働くシステムについて探求しなければなりません。人間の個人的欠点を探すことをやめることが重要です。これは、今までの古い考え方であるヒューマンエラーを個人の原因として捉えるのではなく、その背後にある環境・作業内容・組織などのシステムについて調べることから始める必要があるという事です。
2.エラーと事故は間接的な関係に過ぎない
事故はシステムの複雑性から現れるものであり、単純なものから発生しにくいものです。これは一つのヒューマンエラーや一つの手順違反だけが原因ではなかなか発生しません。事故が起きる時には多くのファクターが揃った時に発生します。
3.事故は、本来正常に機能していたはずのプロセスが、誰かの失敗で崩壊した結果ではない
システムは基本的に安全であり、事故は誰かがとんでもない馬鹿な行為、危険な行為をしたときにだけ発生するものだと考えていませんか。事故というものは、システムが普通に機能しているときの構造的な副産物です。
新しい見方では、多くの事故の共通点は、人々は事故の時点における環境条件の留意点、業務上のプレッシャー、及び組織の規範のもと妥当と思われることを実行しています。そのような時に事故は発生します。仕事と組織の中に組み込まれた何かにより事故は発生するということを認識することから始める必要があります。
事故は日々の意思決定に及ぼす日々の影響の結果であり、個人の考えられないおかしい行為による偶発的な独立した減少でないことを認めなければなりません。人間がその場でしたことが、なぜその時道理に適っていなかったのかを、彼を取り巻いていた組織や仕事を含めて探り出さなければいけません。
事故のトリガーを引いたのは人間であっても、そのトリガーを引いた本人にとって、その時に行った行為は、その場で行った最善の行為であったはずです。なぜそのような行為に至ったのかを、環境、組織、プロセスのなかから探し出すことが大切です。
何故、あのようなことを行ったのかは、その時点の状況・状態だけでなく、そこに至るプロセスや環境をも調べる必要があります。事故にあったその人の問題で済ましていたら、ヒューマンエラーは減りません。
事故調査の知見
ヒューマンエラーはシステムに奥底に潜む問題の兆候だ!
新しい見方では、事故調査は『ヒューマンエラーは深層にあるトラブルの兆候だ』という考え方のもと始めます。どのような調査が必要になるか、事故の背後にある何かに焦点を当てなければなりません。
事故の背後
- 一人一人の作業員にまで及ぶ組織的のトレードオフ
- 新技術の影響
- 人間の行動にあらわれる複雑性
- メンタルワーク
- 作業の調整、話し合い
- 意思決定の根拠となるべき不確かさ
自分たちのシステム、業務のプロセスが価値あるものだとするのならば、ヒューマンエラーを次のように受け止めることが必要です。
- システム管理者、従事者(労働者)が抱えているであろう問題を探る窓、入口として。
- システム、プロセスの挙動指標として。
- 自分の意見を述べる、対話的なコミュニケーションを心がける、傾聴の姿勢を示す。
- 潜在的なエラーを示す組織的特徴、業務の特徴、技術的特徴として。
- 学ぶ機会として。
さらに、新しい見方としての勧告(ある行動をとるように説きすすめること)としては
- エラーとは、全ての人が陥るかも知れない、組織的な問題の兆候である。
- 手順を細かくして縛ることに頼らない。複雑で変化の激しい環境に対応するためには人の自己裁量が必要となる。前もって詳細を決めた要領は不向きである。
- 新しい技術が安全だと言っても鵜呑みにしない。新しい技術は特定のエラーの発生を取り除くことが出来ても、新しい問題の発生を取り除いてくれない。
- 組織的な決定、作業状況、技術的な特徴などを根源とする、システム的な種類の問題に取り組むことを促す。
※ヒューマンエラーを排除するために機械を導入することを考えられるが機械に何かしら問題が発生すれば、それに対処するのは、最後は人になります。新しい機械で一つ安全になっても、その機械から新たな問題が発生することも考えられます。人は機械にはできない問題解決能力を保持しています。その能力を伸ばすことも大切です。