後知恵バイアスは、心理学の分野で言われるもっとも強力なバイアスであり、過去の思考や行動の分析において持ち込まれやすい誤解の代表です。
事故調査において、調査者は事故に巻き込まれた当事者より多くの状況を知りえる(後知恵)立場になり、「どのようないきさつがあって、彼らは気づけなかったのか」「どういういきさつのために、彼らは知らなかったのか」と考えます。
後知恵から事故のあらましを知ることで、事故の回避をイメージすることが可能になり、当事者の置かれた状況に思いが至らなくなるのです。
事故調査の事実認定と結論を細かく調べてみると、しばしばこの相手を責めつけ、罪人視するかのような反応が調査の基調となる時には、後知恵バイアスに罹っているのです。後知恵バイアスを知ることで、それらに影響されずに調査を行うことができます。
後知恵では下記のようなことが可能になります。
- すでに明らかになった結果に至った一連の出来事を、外部の立場から振り返ることができる
- 事故・災害当時の人々を取り巻いていた状況に限りなく近づくことができる
- 人々が気づかなかった、見過ごしてしまった事項が特定できる
- 実行しなかった、すべきであった事項をピンポイントで特定できる
このように、後知恵によって調査者は、当事者ができなかったことに対して、行い得たことを知ることができます。調査者が知識を得ることで、客観的な判断にバイアスが影響していまうのです。
【例】私が経験した、フルハーネス安全帯を着用していたにも関わらず起こった墜落死亡事故の場合を例に解説します。
フルハーネス安全帯を着用していたにも関わらず墜落するということは、安全帯を使用していなかったという(事実)があります。また死亡した作業員は19歳と若く、今までも安全帯の使用が悪いため職長が優先的に指導をしていました(事実)。
このような後知恵から導かれる原因は、作業員によるヒューマンエラーとなってしまいます。
安全帯を使用していなかった作業員のヒューマンエラーはあくまで結果であり、(原因)ではありません。後知恵バイアスが効くとその時点で思考は止まってしまいます。確かに彼は安全帯を使用していなかったが、ではなぜ使用しなかったのか、職長の指導で安全帯を使用していたが、その時なぜ使用していなかったのか、その原因の探求をしなければ、同様の事故は無くなりません。